6-1

冬で、晴れで、土曜日でした。 信号待ち、私の前に、ひとりの女性がいました。紺色の長いコートの裾から、さくら色のワンピースが見えました。肘のあたりまで伸びた黒髪が、マフラーできゅっとまとめられていたのを、よく覚えています。 新品のステンレスみ…

5-3

c.n

部屋の真ん中に置かれた観葉植物の分厚い葉に霧吹きで水をかけ、ふわふわのタオルで丁寧に拭く。 12月の午前の低い陽がぬらぬらと照らすそれの太くしっかりとした葉脈をひとつひとつ確認しながらうっとりとした気持ちでこの時間を過ごしている。葉っぱも僕も…

5-2

月が欠けるのがほんとうにこわい。夜の光がどんどん減っていって、自分のからだが持つ灯も、なくなってしまうような気がする。 20Wの電球が、僕の部屋をぼんやりと照らしている。白のコーティングがされたぽってりした電球は、月に似ているな、と思う。この…

CHAPTER5 1

c.n

ガタン と、新聞受けにアレが入る音がした。 インスタントのお味噌汁を飲み干し、ゴミ箱に捨てる。 そのままゆっくりと玄関まで行き覗き窓で外を確認する。 いつも通り目があうと少年は小さく会釈をしてタタタッと駆けて行った。 僕はそいつを「ごん」と呼ん…

4-2 アサシン

t

ハルは思い出した。 小学生の頃のこうかんにっきも、いつも自分から始めようって言って、自分からやめてたんだ。ばかなハル。 ふわふわはどんどん大きくなっていた。 私が息をしたり、ココアを飲んだり、食べログで探した二つ先の駅前の上海飲茶のランチで失…

CHAPTER4 1

k.k

夕方の国道沿いを、最近購入した自転車で走っている。小ぶりな車輪、深緑に白を少し足したような色の、私は速くかわいく走りますって言ってるような自転車。泥除けなんていらない。ずっとこういうのに憧れてた。 さっきまで髪を結っていたヘアゴムが、今は右…

2-5 小説に

c.n

家に着くなりハルはコンタクトを外しダサい眼鏡に着替えベッドに潜り込んだ。 薄暗い部屋の中にブルーライトがハルを照らし出す。調子の悪いMacBook Airを叩き起こして食べログに繋げると早速レビューを書く店を物色し始める。全く関係のない店、とはいえ一…

2-4 食べログ

t

「 」 ハルにはたしかに聞こえた。でも聞こえたのは「 」の外枠、つまり、なんか喋ってるってことだけ。いつもと同じように、なかみの部分はなにもわからなかった。 「なに?」 念のため声に出して聞いてみたけど、神様は答えなかった。 映画はフルCGのアニ…

2-3

a.a

- 映画を観終わって館外へ出たとき、すでに外は薄暗くほんのりと冬のにおいがした。 月はまあるいカップケーキのように膨張し、都会のビル間から顔をのぞかせていた。 「 」

CHAPTER3 3 またしてもブラックホール

c.n

そのままわたしはわたしのなかのブラックホールに落ちていった。 どこからも光は射してこない無限の闇と世界。 ふたつめのブラックホールだ。いや、正確には”裏”のそれだ。 前にも来たことがある。それも一度や二度ではない。気づいたときにはもうそうなって…

CHAPTER3 2 ブラックホール

t

そのままわたしはわたしのなかのブラックホールに落ちていった。 持ってきたiPhoneがぬるりと手から滑り落ちて 拾わなきゃと慌てて手を伸ばしたそのとたん、 自分もぬるりと落ちた。 どこからも光は射してこない無限の闇と世界。 ブラックホールのなかは真っ…

CHAPTER3 1

a.a

- 「わたしにはなにもない」 久しぶりに口から出た言葉は、ひどく湿った音だった。 パソコンの灯りだけが煌々と光る暗がりにひとり、膝に顔をうずめてわたしは無意識に呟いていた。 いやぁでも、本当になにもないかと問われるとそうではないのかもしれない。…

2-2

c.n

ハルが「神様」を鞄にしまおうと少し身体をひねったとき、ちょうどガラス越しによく知る後ろ姿が見えた。「神様」と入れ違いに鞄の中からiPhoneを取り出し、LINEを開く。 am.11:27 ハル 「おはよう 今日暇だったら夜会おうよ」既読 am.11:28 ユウ 「おはよ〜…

CHAPTER2 1

t

「不毛やな、その残業はだから不毛」 そう言いながらほとんど手をつけず冷めてしまったままにしている関西弁の若いサラリーマン二人のタリーズのTマークの入ったコーヒーカップを横目で見ながら、ハルはテーブルの上に出した家の鍵に「神様」をつけることに…

4

c.n

あのころとは違い、小さくなった湯船に寝っ転がる。水かさがゆっくり増えていく感覚を全身で感じる。身体をなぞる少しぬるめの水面がくすぐったくて気持ちいい。息を止めてるのに揺れるお湯。 …あぁそうだね。 小さく呟いた。心臓が動いてるのか。 なみなみ…

3

t

じめつく汗がTシャツからぬけないのでお風呂に入ろう。そう思った。 お湯をためる間、裸になると、ものすごくへんなかっこうでくるぶしに貼ってあった絆創膏をはがした。絆創膏は湿っていて、ちょっと食べ終わったあとのグレープフルーツの皮みたいな匂いが…

2

a.a

- クリーム色の淡い光が差し込む窓を横目に見つつ、ぬくい塊をひとしきり撫でたあと、もう一度ベッドに身を沈ませた。 少しだけあのことを、あの“嘘”を、 思い出してみる 耳元が覚えてるくぐもったテノール、アルペジオのようになめらかな囁き… ゆるゆると溶…

1

c.n

自分のしゃくりあげる声で目が覚めた。 - 子役が泣くとき、たいていの場合はお母さんを殺してるんだって。 曖昧な昨日の夜の記憶の中でその言葉がやけにしっかり残ってる。 大人になった今、泣けって言われたら何を想像するんだろう。誰を殺すんだろうね。 -…