CHAPTER2 1

「不毛やな、その残業はだから不毛」

 

そう言いながらほとんど手をつけず冷めてしまったままにしている関西弁の若いサラリーマン二人のタリーズのTマークの入ったコーヒーカップを横目で見ながら、ハルはテーブルの上に出した家の鍵に「神様」をつけることに集中していた。

 

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昔からハルは、デートや女子会でもなんでも、頼んだ食事が運ばれてくるとすぐ手をつけたかった。どんなに話があっても、家族との食事でも、大好きな人とのデートでも。 運ばれてきたごはんが、そのとき世界でいちばん大事なのだ。二番目は……思いつかない。

 

運ばれてきたときの食べ物以上に大事なものなんて世界にはない。

 

運ばれてきた食べものに手をつけない人がいるなんて、だからハルには信じられなかった。

 

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「これおいしい」

ハルがそう言うと、男は「うん」といちおう頷いてみせて、また昨日倒産した¥@ー^m@mぴsぎお/sうs64//45¥678^^¥会社の話のつづきを続けた。

 

もう何時間もその話を聞いてるんだっけかなと思うくらい、その興味のない話は続いていた。

 

なんてつまんなくてなんて終わりのない話なんだろう。 いまきみはこの暖かいマッシュポテトよりも、本気でそのクソみたいな話をしたいんだね果てしなく。

 

そう思ってまたスプーンでマッシュポテトをすくって口に運んだ。「おとなのマッシュポテト」という名前だったから、たぶんこの黒いのは胡椒だ。初めて食べたけど、すごくおいしいし、好きだ。そう思った。

 

「……また、食べにきたいんですが」

 

男の話を遮ってそう言ってみると、はじめて男は話を止めて、ニッコリ笑った。

 

「だろ? ここうまいだろ。来週また来よう」  

 

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ハルはでも、いわゆる世に言うグルメ、みたいなものにはまるで興味なかった。

 

おいしい、もなにも、ハルにとってはほとんどのものはおいしかったから。

 

食べログで4点近いいいレストランで食べるイタリアンももちろんおいしいけど、2.2点の酷評の嵐のような駅前の居酒屋だって不満を感じたことは一度もなかった。 チェーン店っていやだよね、という女子会で、一度自分が幹事のときに選んだ塚田農場は、一瞬みんなの顔を青ざめさせたけど、行ってみたら夢のようにおいしかった。「まあたまにはこういうマジョリティのためのチェーン店も悪くないよね」と仕切りたがりのエリは言ってたけど、そうじゃないよ。悪くないんんじゃない。 夢のようにおいしいんだよ。

 

その日も、「おとなになってからはもうマックとかロッテリアとかって行かないよね」という友達の話にも、いちおうは合わせてたけど全然わからない。全然おいしいし、マックもロッテリアも悪くないどころか、夢のようにおいしいよ。

 

誰かが自分のために作ってくれて、それが運ばれてきたときのものなら、なんでもよかった。 温かい、運ばれてきたばかりの食べものがうにょうにょと自分のからだにはいってくるときのあの気もち。

 

ゾクゾク。

 

ランチでついてくるあのほとんどコーンの入ってないコーンスープでも、焦げて雑に並べられた日高屋の餃子でも、いきなりステーキのあの鉄板の上でちょっと下品にジュージューいってる分厚い肉でも、誰が作ったかもわからない温かさが、私の気持ちを高揚させた。

 

冷たい刺身だって、アイスクリームだっていい。運ばれてきたときの冷たい刺身やアイスクリームには、冷たいという温度がある。

 

そのいろんな温度のものが咀嚼されぐちゃぐちゃになって転がるように自分の食道を通って胃に落ちていくぐるぐるとしたスローモーションのような感じ。 そしてその間は、ゆっくりと体の中が外の世界と繋がっていると感じるあの感じ。

 

ゾクゾクする。

 

それ以上に、生きてる、って感覚なんて知らない。

 

 

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テーブルの上で家の鍵に「神様」のキーホルダーをつける作業は思いの外手間どった。

 

トイ・ストーリー』に出てくる三つ目の三人組エイリアンは、ピザ・プラネットの中にあるクレーンゲームの景品だ。その三人組のエイリアンは、上から降りてくるクレーンのカギ爪を「神様」と呼ぶ。

「かみさま〜」というヘンな合唱のような声で呼ぶ。

 

だからハルは、その三人組のエイリアンのことをずっと「神様」と呼んでる。

 

すてきな人につかまったらそれはほんとうに「神様」かもしれないけど、クソガキにつかまったらそれは地獄の使者だよ。