CHAPTER3 1

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「わたしにはなにもない」

 

 

久しぶりに口から出た言葉は、ひどく湿った音だった。

パソコンの灯りだけが煌々と光る暗がりにひとり、膝に顔をうずめてわたしは無意識に呟いていた。

 

 

いやぁでも、本当になにもないかと問われるとそうではないのかもしれない。

それなりの生活はしていたし、それなりに友達もいるし、それなりの恋人だっている。週末には賑わう大衆居酒屋でお酒を嗜む仲間だっているし、心地よい音楽を聴きにクラブへ足を運んだり、まぁそれなりの楽しい思いも人並みには経験している。なのに、いつも空っぽなのだ。心も体も、頭上に旋回するたしかなはずの感情さえもつかみどころがなく、何もかもが濁った透明なのだ。消化不良な気持ちを抱えたまま日々を過ごすことに、わたしは何となくいい気はしていなかった。

 

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ときたま、“本当の自分”というものがわからなくなる。数十年つきあってきた自分という個体がわからなくなる。一番に理解し、共に生活を送ってきたはずなのに、何もかもが曖昧で、限りなく不完全で、どうしようもなく未熟なわたし自身がわからなくなる。

そのときに感じる、底が深くて出口のない、まるで大きなブラックホールに落ちてしまったかのような感情がとてつもなく怖かった。怖くて、うごけなかった。